自分たちの行動範囲を

  今度、私がニューヨークへきて、気づいたことは、日本人社会の“高級化”であった。


  ついこのあいだまで、日本料理店の両横綱は、東の「ニッポン・レストラン」と、西の「斎藤」であった。


  ニューヨークでは、南北に走る五番街を中心線として、その東をイースト、西をウエストと呼び分けている。


  ここ数年、日本で、ニューヨークを犯罪都市だとするイメージが定着しつつあるようだが、そうした関心からいえば、東は概して安全であり、西はどことなく危険だという感じがある。そして、そのこととあまり直接的に結びつけられては困るのだが、東は白人の生活圏、西は有色人種の居住区と、大ざっぱに色分けできよう。


  ミュージカル映画『ウエストサイド物語』の舞台となったプエルトリコ人街は、ウエストの一つの典型である。そこでは、いまだにスペイン語が話されており、独特の街が形づくられている。


  かつての「斎藤」があったのは、五番街と背中合わせの位置で、ウエストとはいっても、あたりは、いわゆる貧民街ではない。


  それにしても、戦後、ニューヨークへ進出した日本料理店らしい日本料理店の第一号であるこの店が、ウエストに場所を定めたということは、講和条約発効当時の、ニューヨークにおける日本人社会の地位を、表徴しているかのようである。


  ちなみに、その後「斎藤」は、火災をきっかけに東へ移り、さらに四十九年九月、一番街と二番街のあいだの四十六丁目に、新しい店を開いた。イースト・エンドに近く、国連本部は目の前である。このウエストからイーストへの移転は、日本人社会の移り変わりと無縁ではない。


  ここ数年間に、マンハッタン地区の日本料理店は百軒以上も増えた勘定だが、一つの特徴はその多くがイースト・サイドに集中していることである。その結果、わずか一ブロックの間に、五軒もの日本料理店がひしめき合う区画も出現した。


  もう一つの特徴は、本土資本のデラックス店が進出して来たのを契機に、従来の店までが、西から東へ移り、あるいは支店を東に開いて、“高級化競争”が繰りひろげられていることである。


  「斎藤」も、これを追う恰好だった「ニッポン・レストラン」も、王座を下りなければならなかった。


  いま、ニューヨークの日本人に高級店をたずねると、例外なく「稲ぎく」と「新橋」をトップに挙げる。「新橋」は、あまりにも店に金をかけ過ぎたため、経営難におちいっているという噂が絶えないのだが。


  その昔、ニューヨークの日本人は、自分たちの行動範囲を“日本人村”と呼んだ。そして、そういうときの彼らには、自嘲の響きがあった。


  “村”といっても、ロサンジェルスのリトル・トウキョウのように、日本人(正しくは日系市民)だけで成り立っている、判然とした地域があったわけではない。


  日本料理店のいくつかを結ぶ線上に、主として夜の、日本人の移動が見られた。


  たとえていうと、ニューヨークの“日本人村”は、ベトナム戦争初期の段階における“解放村”のごときものであった。


  南ベトナム政府軍は、ほぼ全土を掌握《しようあく》しており、解放戦線は、政府軍の勢力の及ばない辺境で、いくつかの点を確保していたに過ぎない。そして彼らの活動は、夜間、それらを結ぶ線に限られていた。ニューヨークの日本人の行動様式はそれに似ていたのである。


  マンハッタンの一等地である、中央部のイースト・サイドに店を構える日本料理店は、それこそ五指にも満たず、他の店々はウエスト・サイドか、それでなければアップ・タウンかダウン・タウンにあった。


  “村”という呼称は、一つには辺鄙《へんぴ》であることの代名詞であり、また、そこからくるもの悲しさをも言い表している。


  いま、ニューヨークにいる日本人の数を、正確に言い当てられる人はいない。アメリカの移民局も、日本のニューヨーク総領事館も、その実態を把握できないのが現状である。これは、不法滞在者が年々増えているためだが、そのことについては、後に譲ろう。


  ある人は二万といい、別の人は三万という。通過者と短期滞在者を入れれば、それをはるかに越えるだろうと、大胆な推測をするものもいる。ともかく、ニューヨークの日本人は“村”どころか、一つの市の人口に匹敵する数にまでふくれ上がっている。



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2018年04月12日 Posted by憂傷的眉梢 at 13:40 │Comments(0)華洋坊

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