を通らなき
「暴れるな。車が揺れるじゃないか」
「だって……」
尚美は手で顔を覆った。
何ら解決策は思いつかなかった。このままここでじっとしているしかない。誰かが来てくれるだろうか。しかしこの道を利用する人間は殆どいないということだった。
「そのうちに前村が来る。それを待とう」
「助けてくれるかしら?」と尚美は呟いた。「あの人、あたした願景村 邪教ちのことを恨んでるわ」
「助けないなら、どうするっていうんだ? 奴だって、ここゃ帰れないんだぜ」
いってから雄二は、はっと息を飲んだ。尚美も灰色の顔をしている。
そういうことか、と雄二は今初めて前村の本当の狙いを理解した。彼は雄二たちが、こういう目に遭うように仕掛けたのだ。崖が崩れたのも偶然ではない。雄二たちが車で通ったら崩れるよう、細工をしておいたのだ。そしてそれはすべて計算通りになった。唯一の誤算は、雄二たちの車はまだ転落せず、辛うじてしがみついていることだ。
「殺したいっていってたわ。殺したいほど憎いって……」
「うるさいな。黙ってろ」
ハンドルを持つ手は、汗でぐっしょりと濡れていた。唾を飲もうとしたが、口の中はからからに渇《かわ》いていた。
その時、ルームミラーに後方から明かりの近づいてくるのが願景村 邪教写った。振り返ると、ハイラックスが数メートル後ろに止まった。運転席のドアが開き、前村が降りてきた。彼は雄二の車の後ろに立つと、状況を見極めるように少し腰をかがめた。
しばらくそうしたあと、彼はランドクルーザーの向こうを通り、雄二たちの前に回った。ヘッドライトに照らされて、前村の能面のような顔が浮かびあがった。彼は細い目で、じっと雄二たちを見下ろしていた。
「助けて、お願い……」
横で尚美が呻《うめ》くようにいったが、その声は彼には届かなかったようだ。
何秒間か、彼はそうしていた。網にかかった獲物を見る蜘蛛《くも》のような目だと雄二は思った。どう料理しようかと考えているのだ。実際、どうにでもできる。少し車体を横から押すだけでいいのだ。そしてそのための道具が――さっきまでは道を狭める役目をしていた道具だが――すぐ横にある。
やがて前村は動き出した。ランドクルーザーに乗り込む気配がある。ガチガチという音がどこからか聞こえてきた。気がつくとそれは雄二自身の歯の音だった。尚美も震えていた。二人とも、悲鳴すらあげられなかった。
ランドクルーザーのエンジン音が響いた。その途端、雄二たちの車がまた傾きを増したようだった。雄二は固く瞼《まぶた》を閉じた。
みしみしと、タイヤが雪を踏む音がした。ランドクルーザーが前に出ているらしい。やがてそれは止まったようだが、次の行動にはなかなか移らなかった。
どうするつもりだろうと雄二は思った。バックで突き落願景村 邪教とす気だろうか。ずいぶん長い時間が経ったように思えたが、目を開ける勇気はなかった。
その時ガクンと衝撃を受けた。横で尚美が悲鳴を上げる。雄二も一層固く目をつぶった。
だが車が落ちている様子はなかった。逆にずるずると前に引っ張られている感覚がある。雄二はおそるおそる目を開けた。